未来都市アトラス

March 19, 2017

昨年から少しずつ制作を進めていたアウトリーチ用の冊子、「未来都市アトラス」が先月末ついに完成した。(本来の予定ではバレンタインデー辺りにはでき上がるはずだったのだが、「騎士団長殺し」の影響で印刷所がてんてこ舞いだったために遅れてしまったのだ。)ITを始めとする科学技術が今後どのように都市を変えていくかというテーマで、様々な分野の専門家に書いてもらったエッセイをまとめたものだ。僕を除いた執筆者の一覧は以下の通り(敬称略)。

・アンソニー・タウンゼント
・カルロ・ラッティ
・マシュー・クローデル
・アレックス・ウォッシュバーン
・オラファー・エリアソン
・ルイス・ベッテンコート

自分で言うのもなんだが、最高の執筆陣を集められたと思う。それぞれが名の知れた一流のプロフェッショナルで、バックグラウンドも都市計画、建築、芸術、物理など実に多彩だ。結果として、100ページあまりという短い冊子ではあるものの、これを読むことで都市と技術の未来について世界で展開されている様々な議論の、その全体像を大まかながら掴めるようになっている。こうしたトピックに関して、これだけ密度が濃く、幅広い議論が日本語で提供されたことは今までないんじゃないだろうか。

またエッセイに加え、IoT研究の第一人者として国内外で高い評価を集める東京大学准教授の川原圭博氏、図面のオープンソース化やコンテナを応用した建築などで著名な建築家の吉村靖孝氏、そして僕の3人による鼎談の記録も載せている。DIYカルチャー、タクティカル・アーバニズム、インフラ・フリー、自動運転車など多種多様なテーマに触れた充実した内容で、こちらも必読だ。

編集は建築、都市、思想といった分野の書籍製作で豊富な実績を持つ、株式会社スペルプラーツの飯尾次郎氏と出原日向子氏にお願いした。多くの方からお褒めの言葉を頂いている表紙のデザインは、edition.nordの秋山伸氏の手によるものだ。英文のエッセイの翻訳は、僕一人では手に負えないので、近畿大学の堀口徹氏にご協力頂いた。このように多くの方々のサポートを得て、内容も装丁も素晴らしい冊子ができ上がった。都市論や情報工学などの専門家でもそうでなくても、誰でも簡単に手に取れるし、そして誰にとっても新しい発見があるだろう。電車や公園など、どこにでも持ち運びやすい大きさで、見た目も格好いいから「スタバでドヤ顔」といった用途にも最適だ。

今年はこの冊子をあちこちで無償配布して、こうしたテーマに興味を持つ人(人数は結構いるはずなのだが、現在は複数の分野に分散してしまっている)を集め、一つの新しいコミュニティを形成するきっかけにしたいと思っている。冊子の送付を希望される方は、お気軽にこちらからご連絡頂きたい。

また、状況により今後取り下げる可能性はあるが、こちらのページに冊子の文章を転載している。ただ表紙や写真など一部コンテンツは削除しているし、je ne sais quoiというか、冊子形式でなければどうも伝わらない何かがある気がするので(多分ウェブがアテンション・スパンの短いメディアだということが影響しているのだろう──「メディアはメッセージである」とはよく言ったものだ)、可能であれば是非実物を手に取ってもらいたいと思う。

ITの次の主戦場の一つが都市であることは、今となっては疑いようのない事実だろう。UberやAirbnbといった勢いのあるベンチャー企業、そして自動運転車など期待される次世代技術の多くが、都市を舞台としている。ITはこれから都市環境の隅々を覆い尽くし、その構造や、そこでの我々の生活を大きく変えていく。

ITによる再編が進んだ未来の都市とは、一体どのような姿をしたものになるのだろうか?UAEのマスダール・シティなど、いわゆるスマートシティ計画の宣伝文句を鵜呑みにするなら、インテリジェントな情報インフラによって徹底的に、効率的に統治される、21世紀版の計画都市ができ上がることになるようだ。しかしこうした機械論的な未来都市のビジョンは、(かつてのアテネ憲章を先端技術で飾り立てただけだ、などとして)近年痛烈な批判を浴びている。

僕個人の意見としては、AIによるトップダウン的な最適化の可能性を否定するわけではないが、計画都市的なビジョンよりも、オンラインメディアの双方向性を取り入れた「みんなでつくる」都市という考え方に魅力を感じている。YouTubeやTwitterが、これまで大手メディアが独占してきた情報発信の権限を個人の側へと移譲したように、既存権威から個人への権限移譲が社会の様々な側面において進むことを、人々は次第に当然のこととして期待するようになっているようだ。都市のデザインだって例外ではないだろう。「Wikipediaのように、みんなで協力して編集し続けられる」都市──求められている未来都市のイメージは、マスダール・シティのような「AIによる包括的な統治」ではなく、むしろこちらなのではないだろうか。

しかし僕の考えなんて、まだまだいい加減なものだ。幅広い分野の専門家を巻き込んだ議論が必要だが、そのためのプラットフォームが日本には存在していない。「未来都市アトラス」の配布を通して、それを作り上げることに貢献できれば幸いだ。


竹内雄一郎
計算機科学者。トロント生まれ。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員、および一般社団法人ウィキトピア・インスティテュート代表理事。東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、ハーバード大学デザイン大学院修士課程修了。ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所客員研究員、科学技術振興機構さきがけ研究者等を経て現職。情報工学と建築・都市デザインの境界領域の研究に従事。

YUICHIRO TAKEUCHI is a Toronto-born, Tokyo-based computer scientist whose work explores the intersection of digital technology and architecture / urban design. Currently he works as a researcher at Sony Computer Science Laboratories Kyoto, and also directs the nonprofit Wikitopia Institute. He holds a PhD in Informatics from The University of Tokyo, and an MDes from Harvard Graduate School of Design.