ここ数ヶ月、秘密裏にせっせと準備を進めてきたWIKITOPIA INTERNATIONAL COMPETITIONだが、先日ようやくウェブサイトを公開し、募集開始にこぎつけることができた。第一次締切が9月24日だから、実際に作品が応募され始めるのは9月頭くらいだろうか、などと思っていたら早くも一件応募されている!しかもアメリカから。Bustlerなどいくつかのウェブサイトに告知を出したから、その効果だろうか。国際コンペを銘打っている以上、できるだけ多くの国や地域から作品が集まることを期待しているから、早速海外からの応募があるのはいい兆候だ。
僕はコンペを運営するのは今回が初めてなので、いろいろと不手際があり準備が遅れてしまった。本当は6月中には情報を公開して周知活動を始めたいと思っていたのだが、結局7月半ばになってしまった。これは大きな痛手だ。大半の大学や専門学校はもう夏休みに入ってしまう時期なので、今からだと学生の人たちにこのコンペについて知ってもらう機会を十分に確保することが難しい。急いでチラシやポスターなどを全国の学校に送ろうとしているのだが、果たして間に合うだろうか。もう一週間公開を早めることができていたら、随分状況は変わっていただろうが。。。後悔しても仕方がないので、SNSなど別チャネルでの周知を頑張るしかない。
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具体的な募集内容についてはウェブサイトに詳しく記述してあるのでここでは割愛し、代わりになぜこのようなコンペを開催することにしたのか、その背景について少し述べたい。一般的にこうしたアイデアコンペというのは、メーカーやゼネコンなどの企業が広報活動あるいは社会貢献活動の一環として開催するという例が多いだろう。しかし今回のコンペの主催者は、僕が代表を務める公的資金を受けた研究プロジェクト(JST未来社会創造事業「Wikitopiaプロジェクト」)だ。当然、目的も単なるプロモーションではない。このコンペの開催それ自体が、我々の研究活動の重要な一部なのだ。
我々の狙いについて説明する前に、「アプリ」と「プラットフォーム」という概念について整理しておきたい。僕は10年ほど前からずっと一貫してiPhoneを使っているが、現在iPhone用には200万を超える数の「iOSアプリ」が提供されていて、App Storeからダウンロード可能になっている。アプリの開発は年々簡単になっていて、今では小中学生でも少し勉強すればちょっとしたアプリを開発して、売り出してお金を稼ぐことだってできてしまう。アプリの開発や流通、利用を可能にするのは、開発ツール(Xcode、iOS SDK)、ハードウェア(iPhone、iPad)、マーケットプレイス(App Store)、オンラインフォーラム(Developer Forums)など多種多様な要素の総体すなわち「iOSプラットフォーム」だ。このプラットフォームが年々進化しているから、アプリの開発や流通も昔と比べてどんどん簡単に、円滑になっている。
ウェブサイトを見てもらえばわかるが、このコンペの募集要項でも「アプリ」という単語が頻繁に登場する。ただし我々はアプリという単語を、「都市の住人の自発的な活動を通して、都市空間やそこでの人々の行動になんらかの変化を与える仕組み、もの、制度、概念」という少々変わった意味で用いている。このブログには画像を載せないことにしているので若干説明が難しいが、たとえばグラフィティなどの自発性に根ざしたストリート・アートは代表的なアプリだし、サンフランシスコなど米国の都市部で多く見られるパークレット(地域住民が協力して車道の一部を小さな公園につくり変える試み)も重要なアプリだ。またイギリスのSpacehiveのような、クラウドファンディングの仕組みを用いて公共空間の整備費用を広く市民から集めるシステムもアプリだし、Airbnbなどの民泊サイトも、住人が自発的に建物の用途を変更する(住居からホテルへ)ことを可能にするわけだから立派なアプリだ。
オンライン百科事典Wikipediaのように「みんな」でつくる未来の都市を実現する、というのが我々Wikitopiaプロジェクトが掲げる究極の理想だが、この理想の達成に貢献できそうな個別のアイデアはすべてアプリということだ。今後は自動運転車やAI、デジタルファブリケーションなどの新しい技術を活用したアプリや、都市化やグローバル化、働き方の変化など新しい社会の動きを反映したアプリが次々と登場してくるだろう。
iOSアプリに、ゲームアプリやニュースアプリ、動画配信アプリなど様々なジャンルがあるのと同様に、我々の言うアプリにも幅広い種類が存在する。上で挙げたいくつかの事例からもわかるように、新しいアプリを発案できるのは何も建築やデザインの専門的な訓練を受けてきた人だけではない。ITエンジニアのような技術者や、ゾーニングなど都市計画・都市デザインの制度面について熟知した人、商店街の振興や地域の美化活動などに関わってきて現場の知識に長けた人、あるいはこれといった専門知識や技能は持たないが都市のユーザとして鋭い感性を持った人など、ありとあらゆる人が新しいアプリの開発者となり得るのだ。
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Wikitopiaプロジェクトでは、上記のようなアプリの開発や実装、運用を簡単にする「Wikitopiaプラットフォーム」を構築したいと考えている。iOSアプリの開発が、いつの間にか小学生でもこなせるくらい敷居の低いものになったのと同じように、都市を変えるアプリも誰もが簡単に考案し、開発し、運用できるようにしたい。そして多数のiOSアプリの総体が「いつでも、どこでも自由にコンピュータを利用できる世界」を到来させたように、都市を変える多数のアプリ(Wikitopiaアプリ)の総体が「みんなでつくる未来都市」をいずれ実現するのだ。
今回のコンペは、このような「Wikitopiaプラットフォーム」の大まかな仕様を策定するための最初のステップと位置付けている。5年後、10年後、15年後といった近い将来においてどのようなアプリが存在し得るか、その全体像を世界中の応募者の力を借りて一足先に予測し、そこから帰納法的にプラットフォームに求められる機能を導出しようということだ。だから今回のコンペでは、荒削りだろうが何だろうが、できるだけ数多くの、多様なアイデアが集まることが望ましい。審査においても、提案書の視覚的な完成度よりも、アイデアの質や視点の鋭さを優先したい(とは言っても、僕は審査には直接関わらないのだが)。ウェブサイトにも書いているが、このコンペに応募されるアイデアのひとつひとつが、いずれWikitopiaを構成する礎になると我々は考えている。したがってこのコンペに応募してくれる参加者のひとりひとりが、Wikitopiaプロジェクト、すなわち都市の未来を創造する野心的な企てへの実質的なコラボレーターになるわけだ。事情によりあまり多額の賞金を出せなくて恐縮だが(最優秀賞で50万円)、ぜひ年齢や性別、国籍、学術的・専門的バックグラウンドなどに関わらず積極的に応募してほしい。多様な人たちの参加なくして、Wikitopiaは決して実現することはないのだ。
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こうやって順を追って説明すると、我々Wikitopiaプロジェクトにとってこのコンペがただのプロモーションではなく、研究計画の重要な一角を占める戦略的な試みであるということがご理解いただけるのではないだろうか。
現代において、研究プロジェクトが社会にインパクトをもたらすためには、今回のコンペ運営のように伝統的な観点から見れば「研究らしくない」活動にも積極的に取り組んでいく必要がある。イノベーションが大学の研究室や企業の基礎研究所など隔離された空間で生まれ、それが長い時間をかけて社会全体にtrickle down(トリクルダウン)していく、というモデルは一部の分野を除きすでに機能していない。このことはITの応用分野では特に顕著で、イノベーションの中心はとうの昔に学界から実社会、たとえばベンチャー企業の製品開発の現場などへと移ってしまっており、学会は主に学生のトレーニングの場へとその役割を転換している。だからグーグルもマイクロソフトもフェイスブックも、かつてのベル研のような「古き良き」企業研究所のイメージを追い求めるのではなく、研究と製品開発を一体として捉える新しいR&D体制(グーグルはHybrid Researchなどと呼んでいる)の構築を進めているのだ。現代において研究者は、20世紀的な研究者像を忠実になぞった活動を進めていくのではなく、総合的なイノベーターとして社会における自らの役割をどんどん拡大していかなくてはならない。研究とは何か、研究者とは何か、一度固定観念を取り払って問い直すことが求められているのだ。