ACM ISS 2018

October 21, 2017

ACM ISSという、例年200人程度が集まる小さな国際会議が、来年11月末に東京で開催される。ISSとはInteractive Surfaces and Spacesの略で、直訳すれば「インタラクティブな表面と空間」になる。漠然とした名前に感じられるかもしれない。ISSは2016年に発足した会議なので来年で3回目になるが、実際のところ参加している研究者もここが何を目指す会議なのかはっきりとはわかっていないようで、発表される仕事を見ても、他のインタラクション系会議にないISS固有の特徴というものは特に見当たらない。

似たようなテーマの会議が複数あることは悪いことではない。しかしISSの場合、同時期にUISTという老舗のインタラクション系会議があることが問題だ。UISTの方がISSよりも権威があるので、優れた論文はどうしてもそちらに集まってしまう。国際会議の権威というのは長い時間をかけて少しずつ築かれていくものだから、UISTと同じようなテーマを扱っている限り、ISSはマイナーリーグ的な会議つまりUISTに通りそうにない仕事を仕方なく(言い過ぎか)発表する場になってしまうことは避けられないだろう。

僕の個人的な意見を言えば、ISSは「先進的なインタラクション技術と環境(建築や都市空間などといった)をいかにして融合するか」という問題を中心的に扱う会議として、独自のポジションを確立することを目指すべきだ。

たとえばタッチスクリーン用の触覚フィードバック技術のように、インタラクションの研究においては長い間、指先スケールや手のひらスケールのアイデアが幅を利かせてきた。しかしiPhoneが3D Touchを持て余し気味であることや、GoogleがJacquardの有効な使い道をうまく提示できていないことなどを考えると、こうした小さなスケールのインタラクションは随分前から壁にぶち当たっていると言えるだろう。そのようなレッド・オーシャン的研究はUISTなどに任せて、ISSはより大きなスケール、環境スケールのインタラクションを追求すべきだ。建築を、空気を、光を自由に操ることができる未来、ピーター・ズントーの言う「アトモスフィア」がプログラム可能になる未来を、ISSが先導して作り上げていくのだ。

実は来年のISSは、僕がジェネラル・チェアつまり運営委員長を務めることになっている。だから上で述べたような方向にこの会議を誘導するためあれこれ策を練っていて、ちょうど今も、他の運営委員との打ち合わせのためにイギリスのブライトンに来ている。日曜には飛行機に乗ってボストンに移動し、MITのカルロ・ラッティと打ち合わせ、その後はちょっと休暇を取ってアイスランドを訪れる。

最近はとにかく時間が足りないので、海外出張はできるだけ減らしたいと思っているから、会議の打ち合わせもネット経由で済ませられればどんなにいいかと思う。多分運営に関わるメンバー全員がすでに気心の知れた間柄なら、定期的にオンラインで連絡を取り合うだけでうまく事は進むのだろう。しかし国際会議の運営には、今まで一度も顔を合わせたことのない人々も大勢関わってくるわけで、そうした多数の人々とうまく協調して仕事を進めていかなくてはならない。そして初対面の人との信頼を醸成する上で、対面で話し合うことほど効果的なことはない。

90年代、ジャーナリストのフランシス・ケアンクロスは「Death of Distance(距離の死)」という著書の中で、近い将来には情報通信技術の発達によって、人々は地理的な距離を物ともせず自由にコミュニケーションを取り合い、協力して仕事をするようになると予測した。「どこにいるか」によって仕事上の不利益を被ることがなくなるので、家賃の高い都会に住む必要も、満員電車や渋滞に苦しみながら毎日通勤する必要もなくなるという話だった。しかしそれから20年経った今でも、オンラインのコミュニケーションは対面のコミュニケーションを完全には代替できていない。これは現在の情報通信技術がまだ未熟ということだろうか?それとも人間という動物が本質的に持つ、何らかの限界が関係しているのだろうか。

先日ニューヨーク・タイムズで、エイミー・カディという心理学者についての記事が出ていた。「パワー・ポーズ」、たとえば足を広げて立ち、両手を腰に当てるといった特定のポーズを一分ほど取り続けるだけで、自然と自信が溢れ、積極的に行動できるようになると報告した論文で有名になったスター研究者だ。心理学というのは、一般受けしやすいためそもそもメディアに取り上げられる機会の多い分野だが、カディの研究は特に人々の琴線に触れたようだ。パワー・ポーズという言葉は瞬く間に世の中に知れ渡り、カディはラスベガスで1万人の聴衆を相手に講演するほどの有名人になった。彼女が出演した2012年のTEDトークは、これまでに4000万回以上も閲覧されている。

そこまでは良かったが、やがて論文の内容に疑いがかけられるようになった。カディの調査結果を再現しようとした試みが悉く失敗してしまったのだ。他の心理学者たちが指摘したところによると、論文の統計的手法に誤りがあったようで、報告されたパワー・ポーズの効果は実際にはただの勘違いだろうということだ。

当時心理学者たちの間では、こうした再現性に対する疑義を、ブログやソーシャルメディア上で表明することが一般的になっていた。だからカディに対する批判も、それに対する反論も、オンラインで展開された。タイムズの記事によれば、批判を先導していたのはコロンビア大学教授のアンドリュー・ゲルマンや現ペンシルバニア大学准教授のジョセフ・シモンズといった面々だが、彼らは一度もカディと直接顔を合わせて議論しなかったそうだ。

指摘されたのは意図的な捏造などではなく、手法の誤りなのだから、批判が間違っていると考えたなら反論すればいいし、正しいと思えば誤りを認めればいい。簡単な話のように思える。しかし実際には、そのような冷静なやり取りは行われなかった。論文の内容に対するごく真っ当な異議申し立ては、いつしか感情的な人格攻撃の応酬にすり替わり、やがては学会全体を巻き込んだカディに対する糾弾のような様相を呈していったらしい。結局カディはハーバード大学を辞職し、研究の世界から足を洗ってしまった。

論争の場がオンラインに限定されていたことが、コミュニケーション不全を生んだと考えるのは間違いだろうか。関係者全員が引くに引けなくなっていく様はまるで中学生の喧嘩みたいだが、多分実際に会ってみると、皆まともな大人なのだろう。顔の見えない言葉のやり取りは、ふとしたきっかけで人を退行させてしまうようだ。


竹内雄一郎
計算機科学者。トロント生まれ。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員、および一般社団法人ウィキトピア・インスティテュート代表理事。東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、ハーバード大学デザイン大学院修士課程修了。ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所客員研究員、科学技術振興機構さきがけ研究者等を経て現職。情報工学と建築・都市デザインの境界領域の研究に従事。

YUICHIRO TAKEUCHI is a Toronto-born, Tokyo-based computer scientist whose work explores the intersection of digital technology and architecture / urban design. Currently he works as a researcher at Sony Computer Science Laboratories Kyoto, and also directs the nonprofit Wikitopia Institute. He holds a PhD in Informatics from The University of Tokyo, and an MDes from Harvard Graduate School of Design.