X-LAB、未来をつくるのは誰か

August 6, 2017

今ちょうど、東京でX-LABサマー・プログラムという名前の建築学の講座が開かれている。UCLAの阿部仁史教授が中心となって立ち上げたもので、世界各国から選抜された17名の学生が参加している。今頃忙しく課題制作に取り組んでいるはずだ。プログラムの一環として、アトリエ・ワンの塚本由晴氏やライゾマティクスの齋藤精一氏など著名な講師陣によるレクチャーも開催され、(その二人と比べるとネームバリューは無いに等しいが)僕も講師のひとりとして招かれ参加させていただいた。人工知能をはじめとする新しい科学技術が建築や都市にどのような影響を与えるか、というのがプログラムを通した大きなテーマだったので、僕のような研究者も混ぜていただくことができたのだ。

先週の金曜日に中間講評会があり、昼過ぎから夕方にかけて学生たちのプレゼンを聞いていたのだが、これがとにかく面白かった。まだ構想を発表する段階だから荒削りなのだが、発想の出どころもその見せ方も情報系の人間とはまるで違っていて、それが新鮮だったのだ。技術が実現する新しい空間、新しい都市についての本当に優れたアイデアは、僕のような情報系のトレーニングを受けてきた人間ではなく、彼らのような高度なデザインの素養を持った人たちから出てくるのかもしれないと思った。もっとも、Airbnbの創業者がRISD(ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン)出身のデザイナーであることなどを考えると、僕が気づいていなかっただけでもう何年も前からそうなっているのかもしれない。講評会が終わる頃には、僕はすっかり絶滅を運命づけられた、白亜紀の恐竜のような気分になってしまっていた。

ITの世界では、ずっと技術のコモディティ化が進んでいる。コモディティ化というのは、要するに陳腐化ということだ。15年ほど前、研究の一環としてモバイル用の街案内アプリを作ったことがある。スクリーン上の地図にユーザの現在位置と、近隣の店の情報が表示されるというごく簡単なものだ。しかしこんな簡単なアプリでも、実装するにはそれなりの知識が必要だったし、それなりの分量のコードを書く必要があった。GPSから緯度・経度情報を受信するだけでも、ソケットを開いたりスレッドを立てたり、レシーバーから送られてくる(NMEA 0183形式の)テキストデータをパースしたりと、案外面倒な手続きを踏まなくてはならなかった。抽象化が進んだ今のiOSやAndroidの開発環境では、同じ処理がほんの数行のコードで実行できてしまう。メモリ管理も、ユーザインタフェースの設計もずっと楽になったし、Stack Overflowなどネット上にリソースが溢れているから、バグを潰すのも簡単だ。今ならプログラミングを始めて間もない小中学生でも、同じような街案内アプリを作れてしまうだろう。高校生にもなれば、Unityを使って格好良い3Dゲームを作り、iTunes Storeで売り出すこともさほど難しくはない。

技術のコモディティ化が進んだ分野では、技術力ではなく企画力やデザイン力が勝負を決する。ウェブデザインの世界で起こった変化を考えてみるといい。2000年頃、業界のトップを走っていたウェブデザイナーの多くは理工系出身だった。Actionscriptを操ってインタラクティブなウェブサイトを作るのは、専門教育を受けていない人にはまだ荷が重かったのだろう。しかし数年も経たないうちに、ツールは洗練され使いやすくなり、様々なノウハウがネット上で共有されるようになり、インタラクティブなウェブサイトは少し勉強すれば誰でも制作できるようになった。ウェブデザインにおける(情報工学的な)技術力の重要性は相対的に低下し、次第にデザインスクールやアートスクール出身のウェブデザイナーが第一線を占めるようになった。

コモディティ化が進んでいるのはソフトウェア技術だけではない。少し前、東急ハンズで面白そうなインタラクティブなおもちゃを見つけたので、どこが作っているのだろうと気になって箱の裏側を見てみたところ、なんと博報堂と書いてあった。確かに企画力勝負なら、代理店のプランナーの方がそこらのエンジニアよりも優れたアイデアを出せるだろう。僕が学生の頃出会った年配のエンジニアには、元マイコン少年の、恐ろしく技術力の高い人たちが大勢いた。しかし今、色合いやレイアウトの美しいウェブサイトや、若者の心を掴むソーシャルアプリや、繁華街で人の目を楽しませるインタラクティブ・アートを作っているのは、多分彼らとは異なるバックグラウンドの人たちだ。

情報工学や計算機科学の研究も、このコモディティ化の影響を大きく受けている。実際のところ、情報系のほとんどの研究は比較的簡単な既存技術の応用、例えて言うなら既存技術をレゴブロックのように組み合わせて、何か面白いものや役に立ちそうなものを作るといった作業に過ぎない(もちろんこれは暗号理論など、いわゆる理論計算機科学に属する分野は除いた上での話だ)。僕が専門とする(?)ヒューマン・コンピュータ・インタラクションなんてその最たるものだろう。基礎的な技術開発や理論構築を行う分野ではなく、皆で組み合わせの妙を競っているのだ。物理学などいわゆるハード・サイエンスの研究者が、コンピュータ・サイエンスはサイエンスを名乗っているくせにまったく科学的じゃないなどと皮肉ることがままあるが、これは別に的外れではない。そもそも情報系分野が人を惹きつけるのはサイエンスとしての奥深さなどではなく、社会変革のポテンシャルだろう。ここ数十年で最も社会を大きく変えた技術は、まぎれもなく情報技術なのだ。

既存技術を組み合わせるだけとは言っても、10年か20年ほど前であれば、先に述べた街案内システムの開発と同様に一定の技術力が要求された。だから情報系の研究をやっているのは、応用的性格が特に強いヒューマン・コンピュータ・インタラクションのような分野においても、やはり情報工学や電子工学などの博士号を持つ人たちがほとんどだった。

しかし時代は変わった。僕はここ数年、新しい3Dプリンティング技術の研究に従事しているが、この分野の有名な研究者の一人にMITのスカイラー・ティビッツという若手がいる。彼のバックグラウンドは、情報工学でも機械工学でも材料科学でもなく建築学であり、そもそも(ちゃんと確認したわけではないが)博士号すら持っていなかったはずだ。組み合わせの妙を競う分野において優れた成果を挙げるためには、プログラミング・スキルなどといった伝統的な意味での技術力に長けていることよりも、デザイナー的、エディター的、キュレーター的な目を持っていることの方が重要になっているようだ。

技術力のみで勝負できる分野はまだまだ残ってはいるが、コモディティ化はこれからも絶えず進んでいくのだから、それも北極海の氷のように目減りしていくことは確実だ。温暖化に追い詰められる氷上のシロクマと同じ運命を辿りたくないなら、自分が変わるしかない。「進化するか、それとも死ぬか。」変わり続けることを強要されるということは、ITの実務では当たり前のことだ。これまで学会の権威に守られてきた研究者も、同じ厳しさの中で生きていくことを強いられるだろう。


竹内雄一郎
計算機科学者。トロント生まれ。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員、および一般社団法人ウィキトピア・インスティテュート代表理事。東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、ハーバード大学デザイン大学院修士課程修了。ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所客員研究員、科学技術振興機構さきがけ研究者等を経て現職。情報工学と建築・都市デザインの境界領域の研究に従事。

YUICHIRO TAKEUCHI is a Toronto-born, Tokyo-based computer scientist whose work explores the intersection of digital technology and architecture / urban design. Currently he works as a researcher at Sony Computer Science Laboratories Kyoto, and also directs the nonprofit Wikitopia Institute. He holds a PhD in Informatics from The University of Tokyo, and an MDes from Harvard Graduate School of Design.