僕が所属するソニーコンピュータサイエンス研究所では、贅沢なことに各研究員に小さな個室が与えられる。オフィスの各フロアの窓際にずらっと個室が並んでいて、その中で研究者が毎日せっせと論文やプログラムを書いたり、実験を行ったり、思索にふけったりしているのだ。僕にも、2008年に入社すると同時に個室が与えられた。右隣の部屋の住人はイワン・プピレフというロシア出身の研究者で、専門分野はヒューマン・コンピュータ・インタラクション(HCI)だった。当時うちの研究所は、現在副所長を務める暦本純一を筆頭にこの分野の著名な研究者を数多く揃えていて、イワンさんもその一人だった。
イワンさんは午後遅くか、日によっては夕方に出社して、明け方に帰るという生活を送っていた。僕もどちらかといえば夜型で、家が徒歩圏だったから遅くまで会社に残ることも多かったけれど、たとえ帰るのが夜中の3時を過ぎたりしても、イワンさんの居室にはまだ明かりがついているのだ。副業でクラブDJもやっているから、そういうスケジュールの方が都合がいいということだった。フロア内の研究者が週に一度集まって議論する定例ミーティングも、イワンさんの都合を考慮して午後4時から開催されていた。この時間帯なら、朝早く出社して夕方には帰る人も、夕方から来るイワンさんも参加できる。
勤務スタイルは風変わりでも、研究者としての能力は折り紙つきだ。ソニーでは、今では最新のiPhoneなどに搭載されている振動フィードバック技術(タッチスクリーン上で仮想的なクリック感を演出する技術)の原型を試作したり、ここ数年学会で流行している、形の変わるディスプレイを世界に先駆けて開発したりしていた。2009年に米国ピッツバーグのディズニー・リサーチに移り、そこではユーザが「どんな姿勢で」触れているかまで判別できる新しい方式のタッチパネルや、タッチスクリーン表面の摩擦力を局所的に制御できる技術(ざらざらした物体が表示されている箇所には、実際にざらざらした質感を持たせることができる)などを作った。今はグーグルのATAP(Advanced Technology and Projects)という少数精鋭の組織で、導電性の糸を縫い込むことでタッチパネルとしての機能を持たせた布の開発(Project Jacquard)と、ミリ波レーダーを用いて指先の細かな動きを認識するジェスチャ・コントロール技術の開発(Project Soli)という二つのプロジェクトを率いている。
イワンさんの仕事は国際的に有名で、HCIのトップを走るスター研究者として認められている。中でも、タッチ・インタラクションに関する一連の仕事は特に評価が高い。まだスマートフォンなんて影も形もなかった頃から、コンピュータの操作系の主役が(それまでのマウスとキーボードから)タッチスクリーンへと移っていくことを予見し、そのさらなる発展に力を注いできた。ユーザの指が触れたことを認識できるだけなんてつまらない。タッチスクリーンは、ユーザについてより豊かな情報を検知できるようになるべきだし、またユーザに対しより豊かな情報を提示できるようになるべきだ。アメリカ人はよく握手をするが、そのときの感触から、相手の性格や人となり、心理状態などについて互いにある程度わかるという。人と機械が触れ合うときにも、そのような豊かな情報のやり取りが起こってもいいのだ。
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ATAPは「小さな海賊の集団」を自認する小さな組織で、初代ディレクターを務めたレギーナ・デュガンによれば、各プロジェクトのリーダーに原則2年という厳しいタイムフレームが与えられるところに特徴があるらしい。2年間で商用化の可能性を示せなければ、プロジェクトは取り潰しになり、チームは解散となる。大学のような自由な探索型の研究を行う組織ではなく、あくまでドナルド・ストークスのいう「パスツールの象限」、つまり野心的ではあるが、実用化を念頭に置いた研究開発(use-inspired basic research)を行うための組織なのだそうだ。
イワンさんの指揮するJacquardとSoliは、果たしてATAP(ひいてはグーグル)の設ける厳しい基準をくぐり抜け、無事製品となり成功を収めることができるだろうか。僕はJacquardについてもSoliについても、それぞれ直接国際会議で発表を聞いていて、どちらも優れた学術的貢献であると理解している。またJacquardはすでに製品化にかなり近い段階にあるらしく、デモ映像を見ると、デニムジャケット(リーバイスと組んで作っているそうだ)の袖をスワイプすることで着信を受けたり、音楽を再生したりできるらしい。確かに便利そうだ。同じウェアラブルでもGoogle Glassのような不恰好さは微塵もない。しかしそれでも、確実にヒット商品になるという保証はないだろう。JacquardもSoliも共に独創的なインタフェースの提案であり、インタフェースという分野には特有のハードルがあるからだ。
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よく知られているように、PCのインタフェースは何十年も前にほぼ完成している。そこから現在まで、さほど劇的な進歩はしていない。1981年に発売されたゼロックス・スターには、すでにマウスとキーボードが付属しており、画面にはウィンドウやアイコン、メニューといった、2017年を生きる我々にもお馴染みの面々が並んでいる。もちろん、この数十年にわたり何も新しい提案がなされなかったわけではない。両手用マウスや空中マウス、BumpTopなどの3Dデスクトップ・メタファー、Leap Motionなどのジェスチャ・コントロール・デバイスといったように、学会と産業界の両方において、数々の新しいPC用インタフェースが開発されてきた。しかしごく一部のニッチな用途を除いて、どれも普及することはなかった。
これらの新しく提案されてきたインタフェースには、実験を通してその優位性(操作効率の向上、操作ミスの減少など)が特定の条件下とはいえ実証されているものも少なくない。しかしインタフェースには「慣性」とでもいうべき独自の問題が存在する。ある操作を、ある程度不満なく実行できるインタフェースがすでに存在しているならば、ほとんどの人は再習熟のコストをかけて新しいインタフェースに乗り換えることなどしないということだ。よほどのメリットがない限り、誰もが慣れ親しんだインタフェースを選択する。現在一般的な、左上から右方向にQ, W, E, R, T, Yと文字が並ぶキーボード・レイアウトは、タイプライター時代の遺物であり決して文字入力の効率を最適化した結果ではないという。しかし新しいレイアウトがスタンダードになることは(DvorakやColemakなどいろいろ発案されてはきたが)これまでなかったし、多分今後もないだろう。インタフェースは「そこそこ」の水準が満たされれば、それで十分であるようだ。
ポストPC時代の主要なインタフェースは、マルチタッチ・インプットを備えたスマートフォンだ。このインタフェースは優秀で、文章を書いたり、ウェブを閲覧したり、電話をかけたり、画像や映像を編集したり、ゲームをしたりといった、現代の我々が情報機器に求める主要なニーズのすべてを「そこそこ」満たせる。すでにそこには強力な慣性が働いていて、新しいインタフェースが入り込む余地は狭くなっている。
各社から発売されているスマートウォッチを使えば、ポケットからスマートフォンを取り出すよりも素早く、友達からのメッセージを見たり、再生している音楽を切り替えたりできる。しかし売り上げを見ると、失敗とまでは言えないが、期待されたほどの訴求力はなかったようだ(僕は買ったけれど)。新しいインタフェースが慣性を打ち破り成功するためには、以下に挙げるような条件の少なくとも一つをクリアしていることが必要なのではないだろうか。一つ目は、誰にでもわかるような劇的な利便性の向上があること。二つ目は、習熟にかかる手間や、導入に必要な経済的・社会的ハードルが微々たるものであること。そして最後は、それが既存のインタフェースでは満たせない、新しいニーズを掘り起こすものであることだ。
ありきたりな意見だが個人的には音声を用いたインタフェース、たとえば流行りのAmazon Echoなどの家庭用スピーチ・インタフェースや、Doppler Labsなどが開発しているいわゆるヒアラブル・デバイスに、さらなる発展の可能性を感じて興味を引かれている。ヒアラブルは僕も昔研究していて、そのときは厄介な技術的課題が多くて途中で開発を打ち切ってしまった。最新のデバイスを見ると僕が予想していた以上に技術が進歩しているようなので、当時頭の中に思い描いていたビジョンを、今なら完全に実現できるのかもしれない。今やっているプロジェクトが落ち着いたら、少し時間を割いて取り組んでみよう。