サンドイッチについて

March 4, 2017

アメリカのサンドイッチで一番おいしいものを一つ挙げるとすれば、何になるだろうか。BLTなんかはメジャーだが、どこで食べても同じような味で、すごくまずいBLTを食べたこともなければ、感動的においしいと思ったこともない。あくまでそつのない優等生的で、一番というにはインパクトに欠けるだろう。プロシュートとモッツァレラのサンドはより振れ幅が大きく、大当たりすることもあるが(その分大外れも)、そもそもアメリカ感が薄い。バインミーも同様だ。パストラミサンドやルーベンはたまに旅行先で食べれば満足するようなもので、これも日常食たるサンドイッチの頂点と呼ぶことはできない。スモークサーモンとキュウリのサンドは個人的には好きだが(ツナサンドも)、どうも小粒な印象だ。グリルドチーズは給食を思い出すのでだめだし、ピーナッツバターとジャムのサンドなんて論外だ。

ハンバーガーはどうだという意見もあるだろうが、マクドナルドやバーガーキングのことを誰も「サンドイッチ屋」とは呼ばないのだから、スライダーやスロッピージョーなどの亜種も含め、ここではサンドイッチとは別ジャンルとして分けて考えたい。

このように考えていくと、やはり一番を決めるなら、ターキー・クラブというのが妥当な選択になるのではないだろうか。ハーバード大学から歩いてすぐ、ケンブリッジ通り沿いにDarwin’sというサンドイッチ屋があって、ここではターキー・クラブのことをCrawfordと呼んでいた(この店のサンドイッチには、すべて近隣の道の名前が付けられている)。具材は薄切りのスモークターキー、アボカド、レタス、トマト、そして(北米でいう)スイスチーズ、味付けはマヨネーズとヴィネグレットだ。パンはバゲット、チャバタ、パンパーニッケル、ライ麦パンなど10種類くらいの中から好きに選べる。レシピは普通でも、材料が新鮮でバランスがいいので、すごくおいしい。2年間ほど、これを主食として暮らしていた。

日本に住んでいると、おいしいターキー・クラブがなかなか食べられない。ならばと自分で作ってみることがある。材料を集める上で一番困るのが、スモークターキーの調達だ。家の近くのスーパーでは売っていないし、大して日持ちもしないので、毎回遠出して買ってこなければならない。厳密にいうとチーズも困るが(ヨーロッパ各国の小洒落たチーズはいろいろなところで売っているが、北米のごく普通のスイスチーズというのは案外見ない)、これは経験上、他の適当なチーズで代用してもあまり失敗したと感じたことはない。作る上での問題は、パンの大きさだ。僕は固いバゲットを使うのが好きなのだが、近所で手に入るバゲットはアメリカの野球のバットのようなものと比べて細いので、詰め込める具材の量が違うのだ。結果的に出来上がるサンドイッチはおいしいが、僕の好きなCrawfordの豪快さが失われてしまって、どこか物足りない。

結局最近はターキー・クラブを諦めて、ハモンセラーノとスライスしたマンチェゴチーズを挟み、味付けはクレイジーソルトを一振りするだけの似非スパニッシュサンドばかり作るようになってしまった。

そんな折、最近入っていたチラシによると、六本木ヒルズに新しいサンドイッチ屋ができたらしい。写真を見る限り間違いなくおいしそうだが、どう見ても小さなサンドが単品で1500円!マンハッタンのWichcraftがお得に思えてくる値段だ。Darwin’sのサンドも10ドル弱と高いが、サイズが違う。

ヒップスター・カルチャーはどんどん東京に入り込んできていて、再開発の進む地域では特にそれは顕著だ。店に入ればアーティザン・チョコレート、アーティザン・ジャムなど、チェルシーマーケットやフェリービルディングあたりから直接持ってきたかのような商品がいくつも並んでいる。もちろんどれも結構高い。それに加えて、日本ならではの商品としてアーティザン・味噌やアーティザン・出汁などもあるようだ。パッケージのデザインもとにかく洗練されている。見掛け倒しで中身が伴っていないなら無視できるけれど、大抵おいしいから(マスト・ブラザーズのチョコなど例外はあるものの)タチが悪い。ジェントリフィケーションの進んだ街はとりあえず否定するのが格好いい態度だと分かっていても、実際住むと快適だから困るのだ。

欧米風のジェントリフィケーションがあちこちで見られるようになっていることは、貧困の拡大と表裏一体なのだろう。アーティザン・フードが食べられるか食べられないか、といっただけの違いなら笑っていられるが、当然それだけではない。身体的、精神的な健康や、就業や教育の機会の差も急速に広がっていくはずだ。一度の失敗で奈落に落ちる日本社会に対して、アメリカは何度でも立ち上がれる寛容な社会だ、などと昔からよく言われる。しかし実際のところアメリカのソーシャル・モビリティの低さなんて今さらニュースですらなく、何度失敗してもチャンスが与えられる層と、最初からチャンスなんて一度も与えられない層に分かれているだけだ。日本でも、一部の大学の学生などを見ていると、そうした恵まれた層が誕生してきていることを感じる。そしてそこからあぶれた人たちは、そのうちBrexitやトランプの当選を引き起こしたのと同じ「やけっぱちの一票」を投じ始めるのだろう。


竹内雄一郎
計算機科学者。トロント生まれ。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所研究員、および一般社団法人ウィキトピア・インスティテュート代表理事。東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、ハーバード大学デザイン大学院修士課程修了。ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所客員研究員、科学技術振興機構さきがけ研究者等を経て現職。情報工学と建築・都市デザインの境界領域の研究に従事。

YUICHIRO TAKEUCHI is a Toronto-born, Tokyo-based computer scientist whose work explores the intersection of digital technology and architecture / urban design. Currently he works as a researcher at Sony Computer Science Laboratories Kyoto, and also directs the nonprofit Wikitopia Institute. He holds a PhD in Informatics from The University of Tokyo, and an MDes from Harvard Graduate School of Design.