8. おわりに

ルイス・ベッテンコート

東京は、首都圏全体で見たならば、4000万に迫る人口を抱える地球上で最大の都市圏だ。そして東京はその地位を、1960年代から一貫して守り続けている。物理学的手法を用いて、自然現象を解明するように都市現象を解析する私の研究が明らかにしたように、都市の規模(人口)が増大すると、労働生産性など市民一人あたりの経済指標も同様に上昇していく傾向がある(同時に、インフラの単位建設コストなどは減少していく)。このことを考えれば、東京が現在カナダやロシアといった先進国家に匹敵するGDPを誇る、世界最大の経済都市であることは驚きにあたらないかもしれない。


もちろん東京以外にも、世界には数多くの巨大都市が存在する。ニューヨークやソウルなど、その一部は成熟した先進国に位置しているが、ほとんどは新興国にあり、それらは現在進行形で急速に成長している。ジャカルタ、カイロ、デリー、ムンバイ、ラゴス、北京、上海、サンパウロ、マニラといった都市だ。これらの都市はすべて、程度に差はあるが成長に伴う共通の問題に直面している。深刻な交通渋滞、大気汚染、治安や環境の悪化、安価な住宅の不足、スラムの拡大などである。東京も、かつてはさまざまな問題に苦しんでいた。しかし現在の東京は(当然まったく問題がないわけではないが)、世界でも有数の治安の良さを誇り、空気も綺麗で、上下水道も十分に整備されている。それぞれの地域には個性があり、歩いていて楽しい、歩行者にやさしい都市である。その驚異的な交通網は、人類が作り上げたいかなる構造物とも比肩しうるものだろう。そして今でも東京はほかのメガシティに先立って、気候変動、高齢化社会、産業構造の変化など、新たな問題に積極的に立ち向かっている。


東京の都市形態は、伝統的な都市計画の観点からは理解しがたいものだ。欧米の都市計画者が初めて東京と向き合ったときの混乱については、いろいろなところで書かれている。この都市にはマスタープラン(全体計画)がなく、モニュメント性も、大きなメッセージもない、と。日本の伝統的な都市構造と照らし合わせてみても、東京は特異と言わざるをえない。整然としたグリッドパターンを持つ京都の街区構造と比べてみればわかるだろう。しかしながら東京は、異質なものが共存する混在性、秩序の中における即興性、可変性そして適応性など、まさに都市的な特徴、すなわち大都市(メトロポリス)にとって不可欠な特徴をすべて備えている。東京は有機的で、生き生きとして変化に満ちている。過去に生きる都市ではない。つねに未来を見据えた都市だ。


さほど前の話ではないが、私は東京でとても印象に残る体験をした。私は研究者として自己を確立していく過程で、1990年代に経済地理学の分野を席巻した藤田昌久先生の仕事に強く影響を受けてきた。共通の友人である同じく京都大学の西村和雄名誉教授の紹介で、私は2014年に藤田先生と直接面会する機会に恵まれた。場所は霞が関にある彼のオフィスだった。そこは高層で役所然とした建物の中の広々とした一室であり、この巨大な都市を余すところなく見渡せそうな、大きな窓が目を引いた。これは都市を研究する者にはふさわしいオフィスだ。ここであれば、自分の研究対象が何であるかを一時も忘れることはできない。


私たちは科学や、窮乏した地域の都市開発にまつわる課題などについて話をした。対話が終わりに差しかかった頃、私は藤田先生に、現代の都市科学における主要な未解決の問題は何だと思うか、と尋ねた。先生はしばし沈黙し、窓の外の東京に目をやると、それまでとは違ったトーンで話し始めた。彼は戦後の混乱の中で育ったこと、東京が壊滅状態であり、貧困の中にあったことを話した。だが何もない状況から、たった一世代の間に日本は富裕国へと成長し、東京は世界で最も大規模で先進的な都市へと変化した。そうした成長と変化の可能性こそが都市の奇跡というものであり、そのプロセスはもっと詳しく解明されなくてはならないし、その知識は世界中で役立てられなければならない、というのが彼の答えだった。


東京の物語は、これからも都市は成長と変化を続けていけるという確信を与えてくれる。今まさに、システム論に根ざした新しい都市科学、都市の諸側面を効率化させる数々のテクノロジー、そして大勢を市政や都市デザインに参加させる新たな仕組みなどが生み出されつつある。ダイナミックで豊かで、サステイナブルな新しい都市の時代が開かれていくだろう。

ルイス・ベッテンコート
サンタフェ研究所教授。専門は複雑系科学。都市を定量的に解析可能な形でモデル化する、新しい学際的手法の確立を目指す。インペリアル・カレッジ・ロンドンにて理論物理学の博士号を取得後、ロスアラモス国立研究所研究員などを経て現職。『Nature』『Science』など一流誌における論文発表多数。

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