2. スマートシティ——その可能性と落とし穴

アンソニー・タウンゼント

都市と情報通信技術(ICT、Information and Communications Technologies)は過去何千年もの間、ともに進化の道を歩んできた。古代において、政治や商業、宗教の中心地としての都市の役割を支えていたのは、文字という原始の情報通信技術である。19世紀の工業都市では、それまでの想像を遥かに超えた規模で人々の行動を同調させ、統率することが可能になったが、それは電報、電話、そしてタビュレータ(コンピュータの前身である情報処理機械)がもたらした「管理革命」の賜物である。より最近では、インターネットや携帯電話網が、都市のさらなる拡大と、グローバル・シティの出現に寄与してきた。

今日、情報通信技術は建物や道路、自動車、インフラなど街のあらゆる要素への侵食を開始している。これは都市の運営を今よりも効率化したり、都市の緻密な管理を実現することを可能にするだろう。いわゆる「スマートシティ」に関するこれまでの議論のほとんどは、こうしたトップダウン的な都市の効率化・最適化の可能性に着目している。しかしスマートシティは、トップダウンを志向する管理工学者やテクノクラートの手によってのみ形作られるわけではない。一般市民や起業家なども、その発展に大きな役割を果たそうとしている。

スマートシティを目指す試みは世界中で顕在化している。普及している情報通信技術の具体的な種類やその普及速度、伝統的制度との親和性などに相当な地域的差異はあるものの、技術革新の波はあらゆる場所で見られ、それがもたらす急激な社会的変化と合わせて各都市は対応を迫られている。うまくいけば、スマートシティの出現はより効果的な統治、公的サービスの質的向上、為政にまつわるイノベーションの増加などをもたらし、より優れた都市計画手法の実現にも貢献するだろう。しかしスマートシティのそうした可能性や、また落とし穴について、都市計画者や政策決定者が十分に理解しているとは言いがたい。

都市化、遍在化

都市化すなわち都市人口比率の増大と、ユビキタス(遍在)化すなわち環境の隅々へのデジタル技術の浸透は、おそらく21世紀の世界を形作る二つの最も大きな変化である。この二つの変化は今後も進行し、今世紀が終わる頃には、グローバルな都市のネットワークはだいたいにおいて完成され、情報技術は世の中全体を覆い尽くしているだろう。それまで、この二つの動きはもつれ合い、互いの進み方に深く影響し合いながら発展を続けていく。

2008年から2009年にかけて、私たちは地球規模の都市化の流れにおける象徴的な中間地点を迎えた(都市人口が全人口の半数を超えた)わけだが、同時期に情報通信技術も、それ自身の重要なマイルストーンを通過した。

まず2008年には史上初めて、モバイル・ブロードバンドの契約者数が有線ブロードバンドの契約者数を超えた。地域によっては、スタジアムの観客全員をネットワークに繋げてしまえるような、高速で堅牢なモバイル通信網が整備されている。モバイル通信網は、都市のさらなる高密度化に寄与するが、同時に都市の地理的拡大にも貢献する。それは今やわれわれにとって最も重要なインフラである。米国では、道路や橋など既存インフラの老朽化が取り沙汰されるのを横目に、通信業界は年間200億ドルもの資金を無線通信タワーの新設や整備につぎ込んでいる。また携帯電話は、史上最も成功したコンシューマ・エレクトロニクスでもある。現在この地球上では60億に迫る数の携帯電話が稼働しており、その四分の三はいわゆるグローバル・サウス(南半球の発展途上国群)に存在する。数年もすれば、携帯電話を持たずに生活している人は、世界のどこであろうと珍しい存在になるはずだ。

このように、全人類がグローバルなモバイル・インターネットに接続しつつあるその刹那、われわれは同時にネットワーク上におけるマイノリティ(少数派)へと転落した。今日、50億人の人間とともに50億の「モノ」がネットワークに繋がり、オンラインの世界で人間と共存している。ネットワークに繋がるモノの数は、今後10年以内にざっと250億にまで増加すると予想されている。このIoT(Internet of Things、モノのインターネット)による大量の情報のやり取りと比較すれば、人間どうしがウェブ上でやり取りする情報量など取るに足らないものだ。企業も政府も市民も、誰もが世界を理解し、変化を予測し、問題に対処するためにIoTを活用することになる。IoTが生み出す大量のデータ(「ビッグデータ」)は、都市化されたわれわれの世界の不可欠な一部となる。

スマート・ビジネス

スマートシティを取り巻く熱狂は、主に産業界によるマーケティングの産物である。IBM一社だけを見ても、2008年から2009年にかけてのSmarter Planet/Smarter Citiesの二つのプロジェクトの立ち上げから現在までの間に、何億ドルという資金をスマートシティの宣伝に費やしてきた。このような投資が正当化されるのは、IT業界がスマートシティの登場を歴史的なビジネスチャンスと捉えているからである。このことは都市に利益をもたらすかもしれないが、同時に潜在的なリスクも孕んでいる。

スマートシティのゴールドラッシュが始まったのは2007年だ。その年、オートメーション(自動化技術)分野で実績のある大手経営コンサルティング・ファーム、ブーズ・アレン・ハミルトンが、老朽化したインフラの改修や進行する都市化への対応のために、2030年までに全世界で41兆ドルもの投資が必要になるとの試算を発表した。その後しばらくして投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻し、世界規模の恐慌が始まった。企業によるITへの投資は急速に冷え込み、結果シスコやIBMなどの業績は悪化した。

この間に各国政府は、経済を活性化すべく大規模な財政出動を始めた。その資金の多くが、ブーズの指摘した、老朽化の進むインフラの改修に向けられた。IT企業はそのおこぼれに預かるべく、既存技術(センサや通信ネットワーク、自動化技術、データ解析技術など)を転用することでインフラを「スマート化」できることを積極的に示し、それを新たなビジネスに結びつけようと考えた。実際、水道・エネルギー・交通・建築設備などへのITの導入には多くの利点がある。ざっと挙げるだけでも、資源の有効活用を実現したり、セキュリティを向上させたり、信頼性を高めたり、遠隔操作や一括制御を可能にしたり、予測能力が向上したりなどさまざまなメリットが考えられる。

「スマート化」にかかる費用は、実際のところごく僅かである。近年のスマートシティ計画の中でも最も有名かつ野心的なものの一つ、韓国の松島(ソンド)新都市の計画主任によれば、更地にゼロから都市を建設する場合、それをスマート化するのに必要な追加コストは総建設費の3%以下であるという。北大西洋地域(北米東海岸や西ヨーロッパ)の成熟した既存都市を後からスマート化する場合、要するコストは当然それより大きくなるが(例えば光ファイバーを敷くには、まず既存の道路を掘り起こさなければならない)、それでも効率や信頼性、セキュリティなどの面での恩恵を考えると、十分に価値のある投資と言えるかもしれない。

インフラ業界全体の中で見れば取るに足らないレベルのシェアであっても、それはIT企業にとっては金のなる木だ。先に述べた41兆ドルのほんの一欠片でも、アスファルトや鉄でなくICチップや光ファイバーの購入に充てられたなら、それだけで今後数十年、会社の成長を牽引できるほどの利益を生む。結果、スマートシティ・ビジネスは公営・民営の不動産デベロッパー、重工業企業、そしてIT企業の間に新しい提携関係を生じさせている。例えば松島新都市に参画するパートナー企業のリストには、世界最大の製鉄会社ポスコ、米国のデベロッパーであるゲール・インターナショナル、そしてシスコなどが並んでいる。MITのマイケル・ジョロフはこの傾向を指して、「新しい都市建設産業の誕生」であると述べている。

世界各地で、スマートシティの建設を目指す大規模開発プロジェクトが発足し、注目を集めている。そのほとんどはインド洋沿岸や東・東南アジアといった、経済成長の著しい新興国エリアに位置している。アブダビのマスダール・シティ、韓国の松島新都市、インドのラバサ、シンガポールのワンノースなどが特に有名だろう。これらのプロジェクトには共通の特徴がある。いずれもほぼゼロから更地に都市を作り出す試み(グリーンフィールド開発)であり、徹底した建物やインフラへの自動化技術の導入が進められており、また温室効果ガス排出削減・省エネルギー化に関する野心的な数値目標が掲げられている。さらには、度合いはそれぞれ異なるものの、マスタープランの策定に国家が関与している。そしてこれらのスマートシティは、新興国向けの新しいモデル都市と自らを位置づけている。スケーラブル(拡大可能、つまり同じ設計思想で巨大都市も建設できる)かつレプリカブル(複製可能、つまり特定の地域的・文化的特徴に依存しない)な、21世紀の都市のプロトタイプを作ろうとしているのだ。

これらのプロジェクトはデジタル時代における都市のあり方を再考する最初の大規模な試みだが、パイオニアにありがちなように、理念面・運用面の両方でさまざまな壁にぶち当たっている。まず、これらの都市はどれも実際にはスケーラブルではない。大規模建設とは言っても想定されている住人の数はせいぜい数十万人であり、これは(ある調査によれば)毎週100万人程度が都市に移住するグローバル・サウスの文脈ではたいした規模ではない。そのような小型の都市を建設するのに、10年以上の歳月を費やしているのだ。仮にマスダール・シティのような計画が成功し、それを模倣した都市が周辺で数多く誕生する事態になっても、この規模、このスピード感では、地域の持続可能性・安全性・経済的競争力などに与えられる影響は限定的だろう。

さらに言えば、これらのスマートシティ計画は全体傾向として、都市の問題を解決することよりも商業のためのプラットフォームを創出することに意識が向いてしまっている。かつてゼネラル・モーターズの手によって、自動車とそれが象徴する移動の自由がアメリカ人の潜在意識の奥深くに憧れの対象として埋め込まれたように、IT企業は彼らの製品群が実現するユートピア的な未来都市のビジョンを、世界中の人々の頭に刷り込もうとしている(そしてその試みは、相当な成功を収めている)。カナダ・バンクーバーの都市計画を統括していたブレント・トデリアンが言うには、「IT企業は彼らが何を売りたいかについては熱心に語るが、都市が何を必要としているかについてはまるで語らない」。

草の根的アプローチ

ここまで、グローバルなIT企業が、スマートシティにまつわるさまざまな議論を牽引する役割を担ってきたことを見てきた。それと並行して、近年いくつかの草の根的な活動が、情報通信技術の都市への応用に関する別のアプローチを模索してきた。産業界主導のビジョンが中央集権的・トップダウン的な統治思想に基づいたもの、言うなれば都市を一つの大型コンピュータやクラウドと見なすようなものであるとすれば、草の根的なビジョンはボトムアップ的な思想に基づいている。メインフレームに対するPCのように、安く、民主的で、分散型であることが重要視される。参入障壁を下げるために、企業が占有する独自技術の使用を避け、代わりにオープンソース技術、スマートフォンなどの一般的な電子機器、ソーシャルネットワークなどを進んで活用する。こうしたツールが低価格(もしくは無料)で容易に手に入るようになった今、アイデアさえあれば誰でも、都市を改善するアプリやデバイスの開発に着手できる。コミュニティが抱える問題を、企業や政府が解決してくれるのをじっと待つ必要はない。都市のスマート化は、DIY(Do It Yourself)的に行なうこともできるのだ。

産業界のスマートシティが追い求める最適化や効率化などといった価値に加えて、草の根的スマートシティは市民参加の促進や透明性、エンターテインメント性などにも価値を置く。例えば、SeeClickFixというスマートフォン用アプリがある。これは自治体への要望の提出に、ソーシャルなプロセスを取り入れたものだ。市民は道路の陥没、パーキングメーターの故障、その他あらゆる日常における不満をこのアプリを用いて報告できる。そして他者が出した要望に対して、(Facebookで「いいね!」を押すように)同意を示すこともできる。コネチカット州の若い起業家が立ち上げたSeeClickFixは、今や米国の多くの自治体と協力関係を結んでおり、市民の要望を集める正式な仕組みの一部として採用されている。

DIYスマートシティ・ハッカーたちは、アプリだけでなくハードウェア・デバイスも作っている。シスコなどの企業が更地に建てられる大規模スマートシティで行なっているように、インフラを丸ごと刷新しスマート化するようなアプローチは取れない。ハッカーは、都市のほころびを一つひとつ繕うように、小さなイノベーションを積み重ねる。いつかこうした積み重ねは、ひとつのオルタナティブなインフラを形成するだろう。

環境のセンシングは、特に活発な実験が行なわれている領域だ。パリでは、インターネットを専門とするシンクタンクFINGが、オゾン量を測定し送信する腕時計を開発した。彼らが行なった公開デモでは、この腕時計を装着した100人のサイクリストが地域を走り回ることで、政府の公式データ(パリ全域で、10の測定箇所しか存在していない)よりも遥かに詳細な大気汚染のマップを作れることを実証してみせた。MITのSENSEable City Labでは、研究者たちがGPS付きの小型通信デバイスを開発し、これを捨てられるゴミに取り付けた。ゴミが埋め立て地などの最終処理場にたどり着くまで、デバイスはその位置情報を発信し続ける。彼らの実験は廃棄物処理という、目に見えず、政府を含め誰も完全には把握できていないプロセスをセンシング可能にした。

ニューヨークでは稀に起こる激しい雷雨の際、排水量が市の処理システムの許容量を超えてしまい、周辺の水路に直接下水を流さなくてはいけなくなることがある。パブリック・ラボラトリー(公共の実験室)と名乗るグループが、こうした事態をいち早く検知し、各家庭に知らせる安価なセンサを開発した。緊急事態が続く間、皆がトイレの水を流すことを控えれば、結果的に水路の汚染を減らすことができるという仕組みだ。

Arduinoを始めとした、スマート・デバイスを作成するためのツール群が整備されていくにつれて、こうした活動への参入障壁はさらに減り、実験は活発さを増していくだろう。都市活動をセンシングしたり、市民の判断や行動を手助けするスマートな「モノ」を作るのに、特別なスキルや年単位の時間はいらなくなっている。一般市民やベンチャー企業が主導する草の根的スマートシティは、IoTを用いて都市を変える数多くのアイデアを生み出す源泉となるだろう。その可能性の片鱗は、すでにUberやNestなどのベンチャー企業の成功に表れている。しかしこれらの成功例からは同時に、アイデアを都市スケールへと拡大することの難しさ、落とし穴の存在も見て取れる。例えばUberは、サービスを開始したほぼすべての地域で自治体と衝突している。

地方自治体の挑戦

地方自治体は、スマートシティを語る上で欠かせない最後のキープレイヤーだ。現在世界には50万以上の自治体があると推定されており、それらは普遍的なもの、地域固有のものを含めつねに様々な課題に直面している。そして行政組織がテクノロジーを課題解決にうまく活用することを、市民は次第に当然のこととして期待するようになっている。自治体の役割は、大企業が主導するトップダウン、草の根的なボトムアップという二つの相半する技術トレンドをうまく融合させ、全体としての都市のスマート化を推し進めていくことだ。今後しばらくの間、試行錯誤が続いていくだろう。

米国の都市はこのような動きの最先端におり、その具体的な政策はすでに多種多様なアプローチのカタログのような様相を呈している。景気後退による財政緊縮の圧力、目に見えやすいサービス分野でのイノベーションに対する市民の期待などもあり、草の根的な、ローカルなコミュニティの力をうまく活用するようなアイデアが多くなっている。三つのアプローチが注目に値する。

第一のアプローチは、市民による技術革新を期待したものだ。オレゴン州ポートランドでは早くから、自治体が所有する公的データベースを、新たなサービスの創出を目指すあらゆる人に対して開放している。またワシントンDCも同様にデータベースを公開し、さらに自治体がコンテストを主催することで、地域の起業家や開発者の参加促進を図っている。こうした、いわゆるオープン・データの動きは、今や米国の100の大都市のうち15都市に広まっている(広範なデータの公開は避け、公共交通に関する情報のみを公開している都市はこの数字には含まれていない)。

第二のアプローチは、政治参加の拡大を狙ったものだ。都市計画やその他コミュニティにまつわる諸々の問題の発見・解決に、大規模に市民を巻き込む枠組みづくりを目的とする。ニューヨークのChange By Usはその代表的な成果物で、住民、短期滞在者、遠くから関心を持っている人などつまり誰でも、市に対する政策提言を公開できるウェブ上の広場である。これまでのところChange By Usは、PlaNYCなどの市の公式な都市計画イニシアチブと同調して動き、それを補佐する、さまざまな市民レベルの活動のネットワークを生み出している。

第三のアプローチは、従来の地方行政のあり方に根ざしたものだ。あくまで昔ながらのやり方で、市民の声をすくい上げ、問題を定義し、優先順位を設定する。伝統的なプロセスで「何をやるか」を決定し、その円滑な実行のために新しいテクノロジーを導入していくのだ。元ボストン市長のトム・メリーノが在任中に設立したOffice of New Urban Mechanicsは、この慎重なアプローチを体現している。

米国の多くの都市は、程度の差はあれこの三つのアプローチを同時に並行して採用している。そして上記のような比較的目に見えやすい取り組み以外にも、組織内で利用されるITシステムの更新などを通じて、新しいテクノロジーは絶えず市政に入り込んでいる。これからも着実に、自治体によるテクノロジーの活用は深化をし続けていくだろう。

アンソニー・タウンゼント
都市計画家。マサチューセッツ工科大学にて博士号取得後、ニューヨーク大学ルーディン・センター上級研究員などを経て、現在は戦略諮問事務所Bits and Atoms代表。スマートシティ専門家として、ArupやSidewalk Labsなど多数の企業や政府機関に対してコンサルティングを行なう。

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